「リモート vs 出社」──本当に大切なのは“働き方”ではなく、“働き心地”。
今回のテーマ:MC松村からの問い
「リモートと出社、あなたにとって“心地よい働き方”はどちらですか?」
リモートか、出社か。この数年で、私たちは“働き方”そのものに問い直しを迫られました。
けれど実際には、選択肢は二元論ではなく、もっと柔らかく、もっと個人的で、もっと奥深い。
三本楽座では、このテーマをめぐって、「働くとは何か?」「どう生きるのが心地よいか?」
を見つめ直す対話となりました。
1. 「正解」は時代でも会社でもなく、“人の数だけある”
「会社の成長レベルや部署の性質で、必要な働き方は違う」
「個人で見ると、自分は出社したい。でも会社は“外部委託の働き方”も認めていい」
(参加者より)
働き方は、“ひとつの正解”で決められるものではありません。
- 一人で集中できる日
- チームの熱が必要な日
- 家族の事情
- 心の状態
- 会社の段階
- 仕事の性質
それらすべてが混ざり合った場所に、ようやく“自分にとっての最適”が現れます。
2. リモートがもたらす合理性と、失うもの
「通勤に時間を使うのは非合理だと昔から思っていた」
「リモートになってよかった。でも“ライブで話すこと”の価値も増した」
(参加者より)
リモートは便利で合理的。時間も体力も、無駄が減る。
それでも、人は“人と会って初めて伝わるもの”に支えられて生きています。
- 目の動き
- 呼吸
- 雰囲気
- その日の空気感
- 言葉にしない違和感や温度
リモートでは得られない大切な要素が確かにある。
だから働き方の最適解は、「どちらか」ではなく「どちらも」。
その都度、必要な方を選べる環境を用意することが、経営者としても必要な時代ですし、働き手もどちらもできる存在であることが重要に思います。
3. 出社のストレスは、働く人の“自由”を奪うことがある
「100%出社には反対。ストレスが大きすぎる」
「ゴルフに遅れてすべての取引を失った支店長。銀行時代のストレスは甚大だった」
(参加者より)
出社が文化として根づいている日本では、“会社にいることそのもの”が義務になり、
本来の目的──「成果」や「価値」──が見えなくなることがある。
出社は悪ではない。ただ、“強制された出社”は、人を弱らせることがあるのかもしれません。
働くとは本来、
自分の力を発揮し、人と価値を交換し、社会を豊かにする行為。
そこに苦しみしかないのなら、見直すべきなのは働き方そのものではなく、
“働き方にまつわる構造や常識”なのかもしれません。
4. コミュニティとしての会社と、個としての働き方
「日本の会社は出社が嫌だったけれど、マレーシアでは出社が楽しいと思えた」
「会社がコミュニティになっている。でも成果主義になると、土日の区別がなくなった」
「リモートはスイッチが切れず、だらだらしがち」
(参加者より)
働く環境は、文化や国によって全く違う。だからこそ、働き方における“幸福度”は、
- 誰と働くか
- どんな空気で働くか
- 何を大切にして働くか
によって決まる。
「会社はコミュニティである」という感覚があると、出社は喜びになる。
逆に、関係性の薄い会社では、それはただの拘束になるのでしょう。
5. 今日の学び:「働き方」ではなく「働き心地」を選ぶ
スライド内容に繰り返し出てきた言葉は、
“チグハグ”
“バランス”
“使い分け”
働き方を二択で決めようとすると、必ず無理が生まれます。
だからこそ大切なのは、「今の自分が、一番心地よく働ける場所を選ぶこと」。
- 今日は集中したい
- 今日は人と会いたい
- 今日は外で深呼吸が必要
- 今日は対話が必要
- 今日は黙々と自宅で進めたい
その柔らかさこそ、これからの働き方の本質です。
6. 今日の小さな問い
「あなたが本当に“働きやすい”と感じる環境はどこですか?」
「明日、その環境を一つだけ取り入れるとしたら何ですか?」
働く場所を選ぶことは、“生き方を選ぶこと”と同じくらい大切です。
終わりに
リモートでも、出社でもなく、あなたの心が軽くなる働き方を選べる時代が来ました。
働き方を決めるのは会社ではなく、あなたの人生そのもの。
どちらが正しいのかではなく、
“どちらが今の自分に合っているか”を丁寧に選ぶことが、
あなたの心と人生を守ります。
今日の記事が、働くあなたの心を少し軽くし、明日への一歩を優しく押すものになったら良いなと思います。
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